「アスペルガー次男の苦手なところ」という記事を以前にもかきましたが、追加です。
苦手なところが、日に日に増えていく感じ。だけど、私がイライラして目につくだけなのかもしれない、些細なこと。いや、些細っていっちゃっていいのかな?
このちょっとした、あーーー伝わらないの積み重ねがアスペルガーの生きにくさなんでしょうね。
友達が認識できていない
びっくりですよね。友達が認識できない…?
通級クラスの先生から、担任の先生から、ちょっとお話伺いましたみたいなかんじで、この話を聞いたので、担任の先生が実際にどうおっしゃたのかはわかりません。
このあいだ、学校で、「友達のいいとこみつけ」っていう企画があったんですよ。友達のいいところを見つけたらカードに書いて、それを集めて、先生が本人に配るっていうもの。先生の配慮か、自然とそうなるように、自然を装って導いているのか、だいたい3枚、多い子はもっともっともらうんでしょうけど、カードがないということはないようにしてくれています。
それで、次男に家できいてみました。
それにかなり苦労したそうです。
まず、友達ってだれのことなん?
えーーー、もう、クラスの全員ですよ?
んーーーー。
クラスのメンバーをクラスのお友達と呼ぶのはわかった。
だけど、だれのことも、よくみてなかった。
誰がなにをしようと、おかまいなしだった。誰もみていなかったんだよね…。わかるよ。わかるよ。これまで、お友達の一人もお話には出てこなかったし、興味なかったんだよね?
誰かにとってうれしいことかどうかわからない
じゃあ、クラスの人が、なにかいいことをするのをみてみよう。
これは難しすぎる。
これは別の人にやさしくしてあげてる、これがその人にとってうれしいことなのか、それがよくわからない。
仕方ないので、ロッカーをきれいにしてるとか、そんなことを書いたようです。
あー、前途多難。
しかもさ、そのロッカーをきれいにしてる人がだれか、名前をおぼえていないんだよ…。
転校前の小学校では、名前の前に出席番号が書いてあったんです。
その番号を覚えていました。数字はとてもよく覚えられる。覚えようと思えば、なんでも覚えられるけど、数字は短くてとても便利と思っていたようです。
名前をおぼえてなかった
数字を覚えてたけど、転校先の小学校では出席番号はついていません。担任の先生も、なまえを覚えられないことはよくご存じで、席替えするたびに、着席表を渡してくれます。
ただ、その場、授業ではその表を見ながら、確認しているようなので、利用はしていますが、それをみて覚えることは一切しません。覚える努力をまったく、しないんです。無駄と思っている様子。
これは小3になるお兄ちゃんともめました。「次男は覚えられないんじゃなくて、覚えようとしないんだ」
おっしゃる通り。
「転校して、僕は覚える努力したよ。お友達を名前で呼びたいし、話にもついていけなくなるし」
その通りですよ。必要ですよ、その努力。
でも、次男にとって、誰が何をしようが、まったく関係ないので、その場限り、確認できる表があればそれで満足といったかんじ。あちゃ~~。
このまま、お友達できないんでしょうか…。
いまのところ、みなさん優しくて、一緒の方向の子たちと楽しそうに帰ってきています。
「誰と帰ってきたの?」ときいても、「しらない」「知らない人じゃないでしょ?」「んー、学校から一緒にでてきたし、1年生だと思う」「え?同じクラスかもわからないの?」「んー、同じクラスと思う…」
思う…
思う・・・
これを解決する手段はないのでしょうか?
アスペルガーって経験で色々体験すれば、解決するというか、色んな空気が読めない問題もなんとなくわかってくるって思ってたんですよね。
違いますね。
みてるところが違う!
同じ経験しても、感じてるところが、まったく違う。
これは、どこが違うのか、色んな学校のイベントで、苦手なところを親が整理していくしかないです。
学校にもお願いして、どんなイベントごとがあったのか、それは教えていただく必要があるようです。